メキシコ
メキシコは、標高の高い高原と火山、海岸の低地が南北に広がる国です。アステカやマヤなどの古代文明、先住民の言語、日本との早い時期からの交流について、地理と歴史から解説します。
面積は総面積(内水面を含む。出典により差があります)、人口は国連人口部の推計(2023年7月1日)。順位は国連加盟国193か国の中での順位で、各国政府の統計とは差があることがあります。
高原と火山の国土
メキシコの面積は約196万平方キロメートルで、日本の約5倍あります。人口は約1億2,974万人(2023年の国連の推計)で、31の州とメキシコシティからなる連邦国家です。このアプリの地域区分では、中央アメリカに入ります。
国の中央には標高の高い高原が広がり、メキシコシティは標高約2,240メートルにあります。最高峰のピコ・デ・オリサバは標高5,636メートルの火山で、ベラクルス州とプエブラ州の境にあり、北アメリカで3番目に高い山です。山頂には、年間を通して雪や氷が残っています。
湖の島の都から独立まで
現在のメキシコシティは、1325年ごろ、アステカ(メシーカ)の人びとがテスココ湖の島に築いた都市テノチティトランが始まりです。1521年にスペインのコルテスらに攻め落とされ、その後は約300年にわたってスペインの支配下に入りました。
1810年に独立を求める蜂起が始まり、1821年にスペインからの独立が実現しました。古代の遺跡も多く、テオティワカンは1987年、チチェン・イッツァは1988年にユネスコの世界遺産に登録されています。
スペイン語と先住民の言葉
公用語として広く使われているのはスペイン語ですが、国が認める先住民の言語は68あり、その方言を含めると364の変種があるとされます。ただし、そのうち6割ほどは消えるおそれがあると、国立先住民言語研究所は指摘しています。
毎年10月末から11月はじめにかけて行われる「死者の日」は、亡くなった家族がこの世に戻ってくると考え、花びらやろうそく、好物の料理を供える行事です。2008年に、ユネスコの無形文化遺産に登録されました。
日本との早い時期からの交流
1888年11月30日にワシントンで調印された日墨修好通商条約は、日本が結んだ最初の対等な条約とされています。1897年には、榎本武揚の呼びかけで35人がチアパス州に渡り、コーヒー栽培を試みました。日本から中南米への、最初の組織的な移民でしたが、1901年ごろには入植地はほぼ成り立たなくなりました。
2005年4月1日には、日本とメキシコの経済連携協定が発効しました。自動車の分野が大きな柱で、報道によれば、1,200社を超える日本企業が、バヒオ地方を中心に進出しています。
メキシコの地図は、地図パズルで確認できます。
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